私は最初、音楽の道を進んでいました。

親に連れられ5歳でピアノを始める。
高校の音楽コース作曲科に進学。
高校入学と同時にコンサートをプロデュースする
委員会活動に入り没頭。

高校生にすぎない私を信頼して裏方の
ほとんどを任せて頂けたことは私の自信となり、

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人間は努力で何でもできる!

~~~~~~~~~~~~~~~~

と当時は信じていました。

しかし夜は遅く、朝は早く起きる生活。

私の見えないところで体は蝕まれていました。

寝ても寝てもだるさが抜けない日々。

音大の作曲家に進学したものの、
いつも体調悪い暗い大学生活…

そして大学4年の夏に脳腫瘍が発見されました。
検査結果を聞いた時、ショックと同時に

“これで私の治療方針がやっと決まった”
とホッとしたのです

ところが
手術は難しいため内分泌内科で薬物治療の日々。

吐き気や、呼吸困難、不眠などの副作用により、
衰弱しきって一時期寝たきりになってしまいました。

そんな状況でしたので、卒業はできたもののその先は真っ暗な状態。
自分自身のことを情けなく思っていました。

薬物治療はあまりに辛かったため脳外科に戻り、
ガンマーナイフによる脳腫瘍手術。
その後やっと回復していきました。

それから少し遅れて音楽教室に入社しましたが
少子化の影響で仕事はなくコールセンターで働きながら教える日々。

そのコールセンターでも激しいパワハラに遭いました。
当時の上司は20代前半の若い女性。
わたしと変わらない年齢の方でした。

気に入らない人には嫌な仕事を押し付ける
ミスをしたらみんなのいる前で怒鳴り散らす

何が出来ずにミスに繋がったのか当人が分からないと
“資料を全部読んで探してこい”
と膨大な資料を探させる。見つけられないと、
“時間泥棒!”と勉強不足という理由で怒鳴り散らす。

仕事のミスは怒られるのは当然と受け入れられます。
でも、その上司は中学生のイジメ癖をそのまま大人になっても
持ち越したようなやり方でした。

ですから私も含めて同僚たちも会社に行く前に
腹痛や頭痛吐き気を訴えるようになりました。
100人以上入社したはずの同期が
1年後は数人にまで減る有様。

でも私は辞めてまた新しい仕事を探すだけの元気がなく、
いやいやながら続けていました。
そのような最悪な職場環境と同時に
私の家庭環境ももともと良くありませんでした。

子供の頃から両親と妹のモラハラがありました。
特に病気になってからモラハラは激しさを増しました。

最悪な上司、最悪な家庭環境
手術後の弱り切った体…。

誰にも打ち明けることが
出来ず、苦しんでいました。

もちろん心と体の健康のために
思いつく限りのやれることは
何でもしました。

それでも常に体が重だるく気持ちが沈み、
今までになくイライラしていたので

友人のツテで評判の良い病院を
紹介してもらい、検査を受けたところ…

“PTSDになっている”

と診断され、治療を受けることになったのです。
その医師の表現を借りれば
“ショック死するほどの強度のストレス”
を抱え、私はうつ状態になっていたのです。

絶望のどん底にいたある時、私の中で
“私の人生は私のもの。自分の人生を取り戻そう!”

という強い思いにかられ、
この状況からぬけ出したい一心で

心理学関係のスクールを調べました。
そしてオリンピックで活躍した
メンタルトレーナーが学院長を
務めるスクールで

心理学とメンタルトレーニングを
学ぶことにしたのです。

そこでの学びは癒しと発見の連続でした。
芸術を使って自分の心を表現する
ことを目的としたアートセラピーの
勉強会でのある時のこと。

今までずっと心の奥底で
しこりのように凝り固まっていた

手術の後遺症の辛さ悲しさや
仕事で味わった屈辱感や罪悪感を
素直に表現することができたのです。

そしてそれを受け止めるカウンセラーが
そばにいてくれることで
開かなかった心が少しずつ開け

私の傷ついた心がほぐされ
癒されていくのが分かりました。

人前でめったに泣かない私が
思わず涙がこぼれ、
止まらなくなりました。

その瞬間はまさにヘレン・ケラーの
“ウォーター!”のようでした。

心が癒され浄化された瞬間だったのです!
それから私の脳の状態を調べた先生から

“PTSDがずいぶん良くなった”

と言われ

セラピーの素晴らしさが
私の脳で科学的にも
証明されました。

また心理学の学びに加えて
メンタルトレーニングの講座で
学んだのことは

~~~~~~~~~~~~~

今や根性論は通用しない

~~~~~~~~~~~~~

これからは

★★★★★★★★★★★

“弱音を吐いて強くなろう!

★★★★★★★★★★★

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この言葉のとおり、
メダリストたちは

極度の緊張感を伴う
本番直前に弱音という
弱音を吐いて

空っぽにしてから成功する
イメージを吹き込んで
パフォーマンスを上げていった
のです。

これらの学びを通して私は

自分の生活に
“弱音を効果的に吐く”
ストレス対策を取り入れ、

カウンセリングでも使う
“自尊心を取り戻すワーク”
を実践しました。

そのころ、
別の上司のパワハラに
私を含め何人もの同僚が
悩まされていたので

私は同僚と力を合わせ
スクールでならった
コミュニケーション術を
応用してパワハラを解決。

そのようなことをしていたら
私は家族に
一目置かれるようになり
家庭でも少しずつ
モラハラが減っていったのです。

やがて輝いている自分が
どういう状態か自分の中で
明確になりました。

かつての自分を取り戻すことが
できました。

その後、

~~~~~~~~~~~~~~~~

・スクールや企業、被災地でのアシスタント
・高齢者施設で音楽療法
・日本初のセラピーができる
・カフェのプロジェクト参加

~~~~~~~~~~~~~~~~

2014年にフリーのカウンセラー
として独立。

といってもどこから手を付けて
行ったらよいか分からず、
手探り状態でした。

そんなある日信頼する人から
“本格的にカウンセリングや
メンタルトレーニングを
しないか”というお話を頂き

私の“独立したい”と言う思いを
後押ししてくれるものがそろったのです!

それでも迷っていたときに

★★★★★★★★★★★★

“チャンスは無言で通り過ぎる”

★★★★★★★★★★★★

というお世話になった
スクールの校長の
言葉を思い出しました。

そこで私は
お引き受けすることに
しました。

こうして自然に
やりたかったことが
現実になったのです。

2015年3月、
カウンセリングルーム
“エトワール”を立ち上げ

東京に事務所を
構えることになりました。

紹介チラシなど、
クライアント様の
協力のおかげで、
少しずつ顧客を増やし、

2016年より独身女性を
対象にした心理学講座
“愛活講座”をスタート。

独身であることに
価値を持たせ、

多くの独身女性が
自信を持つことが
出来るようになりました。

2017年1月
某音楽療法の
学院長の依頼により

受講生にグループ
音楽セラピー担当

同年3月
全国音楽療法協会の
年次総会で

“セラピストとしての心のスキル”
の講座を担当

同年4月
税理士様のサポートを行う
企業様のスカウトを受け

エグゼクティブコーチ
&カウンセラーとして提携。

同年7月
.大企業のロゴマークや
シンボルマークを手掛ける
トップデザイナーとのコラボ

世界初「ロゴマークセラピー」
を開発。

グループセラピーを行い
会場は満席。

全員が一皮むけて
新たな自分に気づく。

2018年2月にラジオ番組にゲスト出演
2018年4月からラジオ番組「The Milk Of HumanKindness」を持ち、
ナビゲーターを務める。

などなど活動の場が広がり
さらにまだいくつか進展中です。

独立してから200ケース以上の
老若男女のサポートを続け現在に
至っているところです。

私のクライアント様は、
仕事はできても

自殺を考えるレベルの
落胆や失意を
経験した方や、

厳しいご両親に育てられ、
それをばねに
頑張ってきたものの

どこか自分にブレーキを
かけてしまい

あと少しのところで
結果を出せない

などという方のセッションを
行って来ました。

そして時には
“裁判メントレ”など
原告のメンタル維持にも
関わらせて頂きました。

重い内容ほど
弱音を吐かないと
人生を左右するようなときに
大損をしかねません。

これは関わり続けて
毎回私が感じる
本音であり真実です。

これはどん底を
味わった人間にしか
分からないことです。

それから私は
ファンタジーが
きらいです。

キラキラファンタジー的なことは

一切行いませんので、

そこはご了承くださいね。

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