もしかしてこんなことでお悩みではありませんか?

 

発達障害(未診断含む)の親やきょうだいとの関係

発達障害(未診断含む)の夫との関係

例えば…

融通が利かず、言っていることとやっていることが違い、信頼できない

性に対する関心があり過ぎるか無さ過ぎるかのどちらかどちらか

自分と他人の境界線がなく、人のものと自分のものとの区別がつかない
(勝手に持っていかれ、失くしても壊しても知らん顔で謝らない)

何事も自分勝手な解釈で人のせいにする

上記の悩みをお友達や無料相談などに相談しても理解されずお説教されてしまう…

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父親を始め、なぜか家族とうまくいかず
ストレスフルな毎日を送っていた私。

子どものころ、衝突するたびに「あなたは自分勝手でわがままで、
そんなんで社会ではやっていけない」と言われていました。
そう言われるたびに、「私ってそんなにダメな人間なんだ…」と思っていましたが、
一方で「本当に今の私の態度がそんなにわがまま勝手だった?」
「本当に私は社会でやっていけないほどダメな人間?」という疑問がおき
何が正しく何が正しくないのかが分からず混乱していました。
他にも問題を抱えていました。
父親はとにかくケチでした。
子どものころに父に縁日に
連れていかれるということがありました。
母はたいていお留守番です。

しかも私は父親と行っても楽しくないことが
分かっていたのでいつも嫌がっていました。

すると「縁日には何か買ってもらえるかもよ」と
母に言われ無理やり出かけさせられていました。
当然買ってほしいものがあると普通におねだりしますよね。
ところが「自分のお小遣いで買え」「お母さんに買ってもらえ」
と言って買ってくれることはありません。
しかもその場に母はおらず母は私に小遣いを渡すことはありませんでした。
一度だけ父がお金を出してくれましたが、100円以内でした。
しかし、100円以内でできることなどほとんどなく、
楽しいことはありませんでした。
しかも行先はなぜか電車で1時間以上かかるところに行きたがり、
小学校低学年なのに切符代が高いと言って「幼稚園生のふりをしろ」
と言われたこともあるのです。

そのくせ自分の欲し趣味には大金をかけました。
だから一般家庭にはない、ぜいたく品があり、
お客さんが来るたびに自慢していました。
しかも、大抵私や母のお客さんです。

家族は境界線というものがありませんでした。

私が新しく買った本やおもちゃ、文房具は
いつのまにか所定の場所からなくなっていました。
家族が自分の机の引き出しやカバンの中から悪びれもせずに出して
使っている所を私が発見して取り返すことの繰り返しでした。

しかも、それを悪いこととは思っていないのです。
両親も「それくらいいいじゃないか」と
私に寛大さが足りないというお説教で終わることが多く
なんの断りもなく勝手に人のものを持ち出して使い、返さないで
いることを注意するということがありませんでした。

一時期は万引きをしそうになったこともあり
そのことを注意すると「あんたなんかに言われたくない」
とよく言われたものです。

また部屋は開けっ放しでプライベートはなく、
思春期の女の子が着替えをする部屋ということは予測できたはずなのに
平気でいきなりドアを開ける家族の感覚が私には信じられませんでした。

そしてそのことで父に文句を言うと「俺の家だから出ていけ。
下着も含めて俺の働いた金で買ってやったんだから、お前は裸で出ていけ」
と平気で言う父と「その通りだ」という他の家族が信じられませんでした。

そのころには父親やほかの家族の私を見る目が違いました。
「女」を見る目です。
部屋にいきなり入るのも間違えたふりをして
明らかにわざとということがよくありました。

 

特に父は病気や体調不良に対する思いやりがなく、
寒さ暑さに対応できない体になったときでも
父や他の家族は安易にエアコンを使わせない、
それなのに電気代がかかる大型のオーディオ機器を
つけっぱなしにしているということはしょっちゅうでした。

そして、電気代がかかる、節約しろと
夜中に風邪をひくから最低温でオイルヒーターをつけておくと
寝ている間に勝手に部屋にドカドカと乗り込んできてスイッチを切り、
私の部屋の電気をつけてドアのところに立ち
寝るまで見張っているのです。

親兄弟の言葉の暴力は筆舌しがたく、PTSDになったほどです。
一度、激高したら止まらず、相手を非難し続ける傾向が強く、
傷つき切ったことを確認して
やっと非難をやめるということが続きました。

そして本人たちはそれを「教育」しつけ」
「あなたが困るから注意している」
と呼んでいるのです。

 

傷つききっているといことは見抜けるのですが
集団の中で空気を読み、チームで動くことが
できません。

どこか空回りし、「気持ちを分かってくれない」
と文句を言うのです。
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アスペルガーの親兄弟との暮らしの中でひとり苦悩し、
脱出した経験から、発達障害(未診断を含む)の親兄弟パートナーを持つ方々が、自らを癒し、回復し、幸せな人生の一歩を踏み出す力を自分の中から引きだすことを目的としたカサンドラ症候群からの脱出コンサルティング

を提供。中には物理的な支援も行い、いくつかの公共の支援センターとも連携している。

アートセラピー、心理カウンセリング、災害カウンセリング、厚労省SNS相談員、メンタルトレーニング、アファメーション等五感と言葉を使った心理的サポートの経験を活かし、延べ300人以上のクライエントの相談に対応している。

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カサンドラ症候群について

※引用させて頂きました

診断基準
カサンドラ症候群は次の3つの要素から成る、とされている。

具体的には、以下の各カテゴリーに1つ以上該当すること。

少なくともパートナーの一人が次の診断基準の1つ以上に該当する
・低い感情知能
・アレキシサイミア(失感情症)
・低い共感指数
人間関係の面で次の1つ以上に該当する
・激しい対立関係
・家庭内虐待(精神および身体、またはどちらか一方)
・人間関係の満足感の低下
・人間関係の質の低下

起こりうる精神的または身体的症状
・低い自己尊重
・混乱/当惑した感情
・怒り、抑うつ、不安の感情
・罪悪感
・自己喪失
・恐怖症(社会恐怖症、広場恐怖症)
・心的外傷後ストレス反応
・疲労
・不眠症
・偏頭痛
・体重の増減
・PMT;月経前緊張症(婦人科系の問題)

その他、カサンドラ症候群の症状として「アスペルガー的行動」が生じる場合もある

「進行中の心的外傷体験」
ASの夫とその妻との間に起こる葛藤の多くは、ASD(自閉症スペクトラム障害)の人が持つ、社会性の未熟さ、コミュニケーションの苦手さ、想像することの苦手さという特徴からくる葛藤だ。それは夫のコミュニケーションがうまくいかない、気持ちが伝わらない、子育ての不安や悩みなどを共有してもらえない、夫の言動に傷つくなど、妻にとっては日常的で継続的なものだ。ASのパートナー、特に夫がASで妻がそうでない場合、夫との情緒的交流がうまくいかないことが、妻の無力感、孤独感、絶望感につながり、抑うつ状態を引き起こしていることが知られるようになってきた。

ASによって影響を受ける成人家族の会(Families of Adults Affected by Asperger’s Syndrome: FAAAS)は、カサンドラ症候群を心的外傷状態と理解し、「進行中の心的外傷体験に関連した症候群」(Ongoing Traumatic Relationship Syndrome)と説明している。
心的外傷体験というと、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という言葉がよく知られている。災害や事故、被害といった、人生や生命に強い衝撃的な出来事に遭遇することを「外傷(トラウマ)体験」と呼び、その体験後の精神的変調を「トラウマ反応」と呼び、時にそれが精神的後遺症と呼べるほどの状態に至った場合、PTSDと診断される。
カサンドラ症候群がPTSDと異なるのは、過去のトラウマ体験に今も苦しむということではなく、継続進行している日々の体験に苦しみ続けるということだ。FAAASは、このトラウマ体験が何十年にもわたり潜行する可能性を示唆している。
児童精神科医、臨床心理士の田中康雄は、「進行中の心的外傷体験」は虐待され続けている子どもの心理状況と若干重なると述べ、虐待を受け続けた子どもの心の特徴がカサンドラ症候群と重なる点を次のように挙げている

人に対して不信感、被害感を強く持ち、攻撃的になることもある。
自分を悪い人と認識(誤解)してしまいやすい。
満たされない愛情欲求に苦しみ、相手との距離が適切にとれず困っているのに、周囲に援助を求めることもできない。
素直に自己表現ができず、感情コントロールが難しい。
配偶者に現実的でない期待を抱きやすい。
「進行中の心的外傷体験」に苦しむ現状に「カサンドラ症候群」と名前をつけることで、状況の外在化をはかることは得策であるとしている。

ASと非ASの関係
異なる文化背景
ASの人との結婚は、異なる文化的背景をもつ二人の人間の関係に例えられる。どちらの文化にも良い面があるが、言葉と行動に関しては違いがある。ASの人との結婚でパートナーが苦しむ理由は、文化的ストレスと呼ばれる状態にある。自分のよく知っているコミュニケーション方法から切り離されたとき、文化的ストレスは生じるという。別の方法を正しいとする新しい環境に直面したときに、アイデンティティと自尊心が影響を受ける可能性がある。

外国で暮らすとき、人はふつう言葉と行動の違いは覚悟している。それに対して、ASの人と結婚するときに文化的な違いには気づかない。(「#ASと非ASのカップルに問題が生じる理由」、「#第三者が理解しにくい理由」参照)

ASは病気ではないので、治療法はない。それは1つの文化であり、尊重すべきものである。誰が間違っていて誰が正しいか、ということではない。認知にはかなりの違いがあり、パートナーたちはお互いを理解するためには努力が必要なのである[24]。

マクシーン・アストン(Maxine Aston)は、「自分のパートナーなら当然理解できるだろうとか、私の気持ちをわかってくれている、と推測するのはやめるべきだ。ASのパートナーが自分の考えを理解していると期待するのは、目の見えない人になんのヒントも与えず、『私が手に持っているものを当てなさい』、と言っているようなものだ。」と指摘している。

トラブルや不和
大人の発達障害の人は、自分のパートナーや家族、会社の上司や同僚、友人たちにとって、本人には悪意がないにもかかわらずトラブルメーカーになったり、周囲をイライラさせたりする。仕事でミスを繰り返したり、家庭内でもコミュニケーションがうまく取れていなかったりして、人間関係も悪循環に陥っていることが多い。(星野仁彦)

大人の発達障害の家族、つまり夫や妻、恋人、同居している親・兄弟・子どもたちは、多かれ少なかれ発達障害の人の言動や行動に振り回されている。極端な場合、夫婦間不和、暴力(DV)、児童虐待などが見られるケースも少なくない。そのほとんどの場合、大人の発達障害というハンディがあるということに本人も家族も気づいてはおらず、「本人のわがままで自己中心的な性格の問題」として片付けられている。 家族は「夫(妻)の言動にうんざりしている」「夫(妻)は私のことを理解してくれない」「物事をいつも自分流に行って、人の意見に聞く耳を持っていない」など強い不満を抱いている。発達障害の人自身も、自分の問題点に気づかず、自分の家族がなぜそんなに自分に不満を持っているのかさえ、気づいていないことがある。気づいていたとしても、自分ではどうすることもできない。発達障害の人がいる家庭では、夫婦関係や親子関係が悪化して、暴力や虐待に走ったり、離婚に至ることも少なくない。

発達障害の人とそのパートナーは、さんざんケンカを繰り返し、「口やかましい人と聞く耳を持たない人」という関係になっていることが多い。 発達障害の人がいると、家族は次のような両極端のパターンになりがちだ。一つは、発達障害者に巻き込まれ、彼らの乱雑さや突発的な行動に家族全体が振り回され、その後始末に追われる。家族のニーズは後回しにされるため、家族の不満がたまるというパターンである。もう一つは、家族全員が発達障害者のことをあきらめて、無視や放任状態になるパターンである。(星野仁彦)

家庭内では、自閉的特性を持った人のしつこさや自己主張の強さが原因となったトラブルや、家庭不和の問題がある。本人には自分勝手にしているつもりはなくても、結果的にそれで不和が生まれることにもなる。 自閉的な特性が強い夫にはヒステリックな妻、というパターンが多く見受けられる。自閉的な特性を持っている人と、気分感情の波が激しい人は、惹かれあう部分があるのか。あるいは、配偶者が自閉的であると、気分感情の波が激しくなる傾向があるのか。いずれにしても、このような場合、たいていは夫の社会的適応は比較的よく、家庭内の問題が強いために、妻主導で受診することが多く、夫は問題を自覚していないことが多い。幼少期から周囲とは異なっているという感覚は持っているが、知的レベルの高い人が多く、本人の努力で一定以上の社会適応性を身に付けている。その反面、家庭では本来の自分をさらけ出し、妻が迷惑を被るというパターンが多い。(林寧哲)[注釈 7]

2人の間にある問題がASDである場合、残念ながら、社会性の発達のギャップが埋まることはない。生活能力はトレーニングによって向上するが、相手を気遣いケアする気持ちは、訓練で得られるものではない。職場では「ちょっと変わった人」くらいで済んでも、日々共に暮らすパートナーにとっては、情緒的な問題以外でも深刻な問題を引き起こすことがある。(服巻智子)

結婚を境に変化するAS
AS男性は結婚すると大きく2つに分かれる。ひとつは、関係性が変化することを受け入れられず、恋人同士のままのパターン。もう一つは、正式な夫婦になると、それまでとは全く違う態度をとるパターン。どちらも、パートナーをどのように捉えたかで決まる。

恋人同士のままの場合は、パートナーを恋人として認識したことが変化しないので、子どもができると問題が生じる。夫にとって妻は恋人であり、子どもの母親ではないのである。夫は恋人を子どもに取られたことにショックを受け、妻に裏切りを感じ、子どもをライバル視する。妻が子どもに愛情を向けることを制限したり、子育ての手伝いは全くしてくれず、妻は1人で子育てをしているような孤独な気持ちになる。

一方、夫婦となった途端に態度が変わる夫は、結婚後は妻を他者として認識しなくなるようだ。これまで妻にしてきたこと、言ってきたことを全くしなくなる。もはや妻の気持ちを配慮する必要はないのだ。そのため会話もなくなり、むしろ独りでいたがり、妻は孤独に陥る。妻からの否定は裏切りになる。

周囲からは「自分が選んだのだから」「そこが好きだったのでしょう」と言われがちだ。しかし、これほど気持ちがすれ違い、一緒にいるのに孤独になることなど誰にもわからなかったのだ。(滝口のぞみ)

一般に他者に共感するということは、社会の特別な要請でもなく、目的化することでもない。しかし、暗黙に社会から必要とされることだ。ASの人たちには目的にならなければ積極的に行動を起こすための動機にならないというところがある。社会から要請される目標や課題はASにとって理解しやすいが、妻との間で必要になる配慮は、結婚した後には目的や課題にはなりにくい。 たとえば、ASの男性が子育てをするためには、社会的にそのことが評価されることが重要である。ASの男性は無意味なこと、無目的なことをすることが苦手だ。妻が喜ぶ顔だけではなかなか子育ての動機づけにならない。子育てを継続的に行うには、自分でやる方が得だといった経済的なメリットを確信していることや、病院や学校で医師や教師から評価される必要がある。(宮尾益知、滝口のぞみ)

受診
妻からの気づきから受診を促す場合は、かえってそれが夫婦の問題になったり、夫が仕事の意欲をなくすこともある。受診した医療機関が大人の発達障害に詳しくない場合など、診断に至らないことがある。社会的に適応していれば、妻からは特性が認められるのに、診断に至らない場合が少なくない。受診を促したこと自体を、パートナーが被害的に受けとることもある。しかし、パートナーの特性で悩んでいるなら、発達障害に詳しい専門機関に相談するのは重要なことである。妻からの情報で、パートナーにASの傾向があると認められ、それが妻の精神的身体的ダメージに繋がっているとしたら、それはカサンドラの状態であると考えられる。(滝口のぞみ)

診断がついた場合、非AS女性は嬉しさを感じる一方で、喪失や怒りを感じるかもしれない。診断により、二人の関係に多くの問題をもたらしてきた原因が理解でき、安堵を感じる。しかし、診断がつく前には存在すると思っていた2人の関係は、もはや同じようにそこにはない。ASであるパートナーとはこの感情を分かち合えないので、とりわけ孤独に感じることになる。 また、自分たちは「ごくふつう」の関係を築いていると思っていたのに、そうではなかったと騙されたような気になって怒りを覚えたり、何年も無駄な努力をしてきたのかと失望したりする。パートナーに怒りが向けられるかもしれないが、それは双方にとって非建設的で否定的な行為である。怒りの段階にある間は、急いで物事を決めないことだ。性急な決断は、短絡的で否定的なものになる。怒りは時間とともに燃え尽きる。そのときになって、何をするべきか、そこからどこへ向かうべきか決め始めるのが良策だ。(マクシーン・アストン)

さまざまな形
ASの特性がさまざまな形で現れていても、夫婦間の根底にあるのは共感性の問題である。そこには「想像すること」「人との関わり」「コミュニケーション」や「こだわり」、あるいは「感覚」という問題があるが、個人差が大きい。しかし、共通するのは「想像すること」の苦手さと、共感性の問題である。
一方で、発達障害の特性が人によってさまざまなように、カサンドラの女性が抱える苦悩も一人ひとり違う。夫からの言葉による暴力により、長年の生活で人格を否定されるような精神的苦痛を抱えている人もいれば、夫は優秀で会社でも家でも優しく何でも受け入れてくれるが、妻が深い情緒的な交流がまったくないことにいつも孤独を感じていることもある。 後者の場合は夫が社会的にも優秀な評価をされており、カサンドラ自身が悩むことに罪悪感を持ってしまう。その罪悪感を自分でも受け入れられず、何が起きているかわからないまま抑うつ状態になってしまう。後者の方が言葉の暴力より被害が少ないともいえるが、後者であってもその苦しさは決して軽いものではない。カサンドラの悩みは一つひとつ違い、それぞれ異なる種類の深刻さを持っている。(宮尾益知、滝口のぞみ)

改善のために
離れる
ASの人は「一見ちょっと変わっているけどいい人」である。実際にパートナーに持たなければわからない理不尽さやストレスが、いつしかパートナーの精神に変調をきたしてしまう。それはやがて、数々の肉体的な症状にも発展していく。 改善するには対症療法的に、うつ状態や精神不安を解消する薬を服用する。あとは、ASのパートナーと離れるしかない。ASの人は自分のパートナーの重篤な精神状態を察することができないため、離れる必要も理解されにくいかもしれないが、カサンドラ症候群の症状が顕著であれば、離れることを考えるべきだと思われる。(宮尾益知)

一方が発達障害を抱えている夫婦では、共依存的な関係が習慣になってしまう危険性がある。それぞれの自立や責任を犠牲にしてまで、相手に関心を注いでいる状態だ。 例えば、発達障害の人は自分が起こした問題をすぐにパートナーのせいにしたり、状況のせいにしたりする。一方、パートナーはすべて自分の責任と思い込み、トラブルの後始末も一人で引き受けるのが習慣になっている。このような関係になっている場合は、単身赴任や一時的な別居で、物理的、心理的距離を置くと効果的だ。お互いに干渉しすぎず、自立する方向へ促す(星野仁彦)

コミュニケーションの方法
パートナーがコミュニケーション方法を変えるだけでも、関係は変えることができる。 ASの夫とカサンドラとの問題は、夫が家庭の中での役割を知らないことや、コミュニケーションの問題だと言える。ASのパートナーには家庭生活でしてほしいことを伝えると同時に、「してほしいことを妻に伝えてほしい」と伝えることが大切だ。私たちのコミュニケーションは7割以上が非言語的な態度や表情、しぐさなどで成り立っているが、ASの人たちはそのような非言語的な情報の処理が苦手で、ほぼすべて言語的なコミュニケーションによっている。喜怒哀楽といった基本的な感情の理解にはまったく問題なくても、複雑な気持ちを表情から読み取ることに労力を要する。 ASの男性と心を通わせるには、結果の見通しを明確に伝えることが重要で、言語化や情報化がポイントになる。話の内容を把握し、将来の見通しをつけることは、物事を正確にとらえ、突然を嫌うAS男性には大切なことだ。 もう1つ重要なことは、絶対にAS男性を責めないことだ。AS男性は自分が周囲からマイナスに評価され、否定されたと受け取る傾向がある。妻からの要求や意見は否定的な評価や非難に受け取られる。妻が意図していなくても、妻から夫に要求するという形になりがちなので、感情を含まない無機質の情報として伝えることがカギになる。どのような行動をするのが望ましいのか、一般論として伝えることが有効だ。ASの人に対して「どうしてやってくれないの?何回も言ったでしょ」とプライドを傷つけるような責め方をしたり、「なんであなたはそうなの?」と曖昧な表現をするのは逆効果になる。(宮尾益知、滝口のぞみ / 服巻智子)

回復過程
カサンドラの心の回復の第一歩は、まず自分が悪いのではないと気づくことから始まる。夫がASであることが夫婦の問題の原因だと知ることは、症状の改善に役立つ。ただし、原因が自分ではなく相手であると喜ぶわけではない。長年の苦悩の理由が、ASの特性とどのように関連があるのかを丁寧に読み解くことで、夫の不思議な行動の原因が見えてくる。それが理解されて初めて、その原因が自分ではないことに合理的な確信が持てるのだ。 しかし、「自分が悪いわけではない」と思えるだけでカサンドラの状態を完全に脱することはできない。回復に最も役立つのは周囲の理解である。夫婦の間に問題があることを信じてもらえないことがカサンドラの本質だからだ。

また、カサンドラ状態から抜け出るときには、副作用がある。それは、常に合理的な説明を心がけるようになることや、AS男性の自己主張に対抗するために、自分の気持ちを譲らずしっかりと自己主張していくことから生まれる。物事を合理的に考えていくようになると、カサンドラの思考パターンも常に目的を持つことを意識するようになり、無駄なことには価値が見出せなくなることがある。本当の自分の上にASとしての特性が出てくるのだ。そのため、AS以外の人間関係におけるコミュニケーションに影響が出て、自分が周囲から浮いているとか、以前より嫌な人間になったと感じることがある。

夫の奇妙な行動には理由があるのだと知り、二人の関係性の改善が見られたとしても、やはり本質的な寂しさは変わらない。ASの夫との分かり合えない本当のつらさは、夫の言動やお金の問題よりも、むしろ夫と笑いのツボが違うといった、ごく当たり前のことにあるとも言えるからだ。(宮尾益知、滝口のぞみ)

カサンドラ症候群は、疾患ではなく「現象」である。その結果、身体症状が出たり、本当に病気になってしまうこともあるが、カサンドラ症候群自体は薬では治せない。 カサンドラ症候群を超えていくには、いい意味での「開き直り」と「距離感」が必要になる。線引きをして、自分の中で折り合いをつけていくことが大切だ。妻でも母でもなく、「私」としての考えを持って、何を選ぶか自分で選択していくことを求められる。「相手がこう言ったから」とか「子どものために」ではなく、自ら選択し、「これは自分のためにやっている」と思えたとき、カサンドラ症候群を乗り越えているのだ。(服巻智子)

カウンセリング
専門家がカップルに介入することは、気持ちが伝わらない苦しさの中にある「お互いの言葉と感情の意味」を整理し、翻訳することに似ている。夫と妻は、自分の理屈では何も間違っていないので、自分は正しいと確信があり、どちらが正しいのかで争うことになりがちだ。しかし、問題は気持ちの伝わらなさであり、正しいかどうかではない。専門家が間に入り、何が「今ここで」起きているか、どんな「意味」がやりとりされているか、そのズレや誤解に気づくこと、そして新しい共通の意味を見いだしていくこと、それがカップルをセラピーすることの意義である。(滝口のぞみ)

支援者へ
カサンドラ症候群とおぼしき人は、わかろうとすればするほど相手の欠点を暴き出してしまい、相手を愛している自分さえも時に信じられなくなるほどの痛みが生まれる。それを単にうつとかパニック障害という言葉で括らずに、周囲の評価や自分自身の評価・価値観が根底から揺らぎ、崩壊しそうにあるほどの危機的状態であると理解する。カサンドラ症候群といった状態があるという事実を知っておくことで、支援者は、当事者や配偶者を過度に励ましてしまい結果的に追い詰める、傷つけるという過ちをしないで済む。(田中康雄)

カサンドラの状態になるのは、誰が悪いわけでもない。特性を持っている人が悪いわけでも、それを見抜けなかった人が悪いわけでもない。もちろん、それらを理解できない人が悪いわけでもない。ただ「特性が影響している」ということだけをまずニュートラルに理解することが必要だ。そうでなければ夫と妻の双方が不幸になるからだ。 しかし、カサンドラ状態に至るまでには極端に共感性を欠く夫の言動があることも事実であり、モラルハラスメントとして認めることもできる。 専門家はこの点をよく認識しておく必要がある。なぜなら、ASの特性の理解を優先してしまうと、妻がそれによって受けた心の傷と抱えてきた怒りを軽く見積もってしまうことになりやすいからだ。

また、大切なことは、妻が夫の極端な言動を特性として理解し、たとえこれからの暮らしの中で夫の言動に備えることができるとしても、これまでにその言動でカサンドラが傷ついたことは事実であるということだ。専門家や周囲の人々がその傷の深さを忘れてはならない。(宮尾益知、滝口のぞみ)

ASと非ASのカップルに問題が生じる理由
女性にASの知識がない(なかった)
精神科医療の中でASが表面化したのは1981年で、日本でASが注目を浴びるようになったのは2006年頃からである。子供のASは研究も進み、専門書も多く発行されている。しかし、大人のASについて研究されるようになったのは、つい最近のことである。パートナーがASだと気づくチャンスもなく、「ちょっと変わっている人」「正直でまじめすぎる人」「自己中心的で困った人」というように、性格だと思い込んでいることが多い。

何十年も悩み続け、還暦を過ぎて初めて診察に訪れる妻もいる。カトリン・ベントリーの場合も、夫がASだと初めて気づいたのは結婚17年後だった。

ASパートナーの行動を「普通の辞書」で解釈しようとしてもうまくいかない。幸せな結婚生活を送るためには、何がパートナーを幸せにするか学び、できるだけうまく相手の要求に応えるよう努める必要がある。しかし、通常は夫婦二人の間に、先生と生徒、親と子供というような立場の違いはない。相手は指導する、育てるという任務の対象でもない。対等な大人同士の関係のはずである。ASについて知らないまま結婚した女性には、なぜコミュニケーションがうまくいかないのかわからない。

カトリン・ベントリーは著書『一緒にいてもひとり』の中で、「何年間も自分たちの結婚はうまくいっていないと感じていたが、その理由を説明できなかった」、「困っていることは誰にも話さなかった」「もし一言話せばこんな言葉が返ってきただろう。『男だから』『うちの夫も同じよ』『自立しなさい』…」「相談できる人も、わかってくれる人もいなかった」「すべて自分一人で抱え込み、万事うまくいっているふりをした」と述べている。
外界から自分を閉ざしたASパートナーと一緒にいると、姿は見えるのに存在が感じられず、一緒にいても一人ぼっちのように感じられる。しかし、外から見ると全て普通である。むしろ他の人には、ASパートナーの行動に悩む妻は、あれこれ指図するえらそうな妻に見える。

夫婦という立場からAS当事者をとらえた本『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』の著者である野波ツナは、ASパートナーとの関係を「言葉では表しにくい正体不明の違和感」と表現している。

ASかもしれないということに本人より家族が気づく場合も多く、アスペルガー症候群の専門外来への相談が急増している。
ただし、ASは統合失調症や社会不安障害など様々な病気と重なる特性が多々あるため、大半は別の病気であったり、あるいは夫婦間にコミュニケーションがないだけだったりするという。昭和大学付属烏山病院(東京都)院長加藤進昌によると、2008年に成人のASの専門外来を開いた同病院の場合、ASの人は初診全体の約2割にとどまるという。

コミュニケーションが取れない
コミュニケーションのほとんどは非言語コミュニケーションで、言語コミュニケーションはごく一部にすぎない言われている。自閉的特性の濃厚な人は、非言語コミュニケーションに属する「暗黙の了解」が不十分であると考えられる。そのため、コミュニケーション全体が不十分で、スムーズではなくなる。

逃げる
AS男性は間違ったことを言って人と衝突することを恐れるため、パートナーとコミュニケーションを取らない、あるいは意見を言わない。AS男性は、パートナーとの衝突を避けるためなら、問題があることすら否定したり、二人の違いを無視したりする。パートナーの考えを理解できない人もいる。愛されず、受け止めてくれないことに女性が傷つき、それが苛立ちや怒りの原因になっていることがわからない。 女性も、ASの人が感情を読み取ることが難しい、ということがわからない場合もある。

このような状態では、話し合いはうまくいかない。女性の感情的な要求が高まるほど、AS男性は距離を置くようになる。衝突を回避し、問題を未解決のままにする。その「先送りすること」こそ問題の原因であり、問題をさらに深刻なものにしていく。

衝突する
ASの人は自分の視点からしか考えられないので、自分とは違う意見を受け入れることができず、自分が悪いと認めない。言い争いは、健康的な生活を送るために必要な自信と強さを失わせ、女性は感情的に消耗する。感情について話し合えず、関係は表面的なレベルにとどまり、二人の間には距離が生じる。

ASの人の行動は一見薄情に見えるが、心の理論(Theory of Mind))がないだけである。言い換えれば、他の人の考えや気持ちがわからない。自分の視点からしか状況を判断できない。悪意があるわけではなく、相手が傷つくことがわからない。

ASの人にとって感情の世界は入り組んでいるので、他の人の気分の変化に対処するためには、論理的に感情を扱わなくてはならない。直感の助けがないので、他の人とのやりとりがとても難しいものになる。

第三者が理解しにくい理由
カサンドラ症候群の女性は、悩みを他者に理解してもらうことが難しい。第三者は以下のような疑問を抱くためである。

なぜカサンドラの状態になるまで気づかないのか
AS男性との関係は必ずしも初めから悪いわけではなく、コミュニケーションが困難であることの積み重ねによって悪化していく。

マクシーン・アストンの調査によると、初めは女性がAS男性を助ける役割を担うことが多い。AS男性の子供のような無邪気さと、穏やかで受動的な性質に惹かれた女性は、やがてAS男性がいつまでたっても感情を表さないことに気づく。原因は子供時代にあるのではないかと考え、感情表現と愛情を注いで彼を助けよう、気持ちの表し方を教えてあげようとする。これは無意識のうちに行われる。

しかし、時間の経過とともに、簡単に変えられる性質ではないことがわかってくる。気づくまでに何年もかかることもある。女性がどんなに努力しても、彼は気持ちを表さないので、「私のことを好きではない」と思い、苛立ちと憤りがつのっていく。そうなると、彼が何をしてもしなくても彼女の気に障り、怒りっぽくなる。一方、彼はいったい何が起きているのかわからない。

夫婦の場合、結婚や子供の誕生など環境の変化をきっかけに問題が顕在化することがある。(「#結婚を境に変化するAS」参照)

カサンドラも結婚当初は、男女の違いや生家の文化の違いがあるから仕方がないとか、あるいはちょっと変わっている人として夫をとらえているので、コミュニケーションの問題はそれほど意識されない。 暮らしていくうちに、妻が「普通」に期待する、人を気遣ったり心配したり、思いやったりする言葉があまりないことに遭遇する。妻が意図したこととまったく違う意味で物事を考えていることが、小さな驚きとともに妻の心に積もっていく。 結婚してしばらくすると、夫婦として一緒に考えなければならないライフイベント(転居や出産など、人生で起こる変化や出来事)が起こる。これをきっかけに、二人の気持ちの擦れ違いや、コミュニケーションの難しさが顕在化する。夫婦の間に共通の枠組み(妻から見ての「常識」)がないことに気づく瞬間だと言える。

普通の夫婦とどこが違うのか
どこの夫婦も、多かれ少なかれコミュニケーションが取れないものではないのか?

サイモン・バロン=コーエン(Simon Baron-Cohen)は、自閉症スペクトラムの男性の脳は究極の「男性脳」であると述べている。
一般的に、他者との相互作用やコミュニケーションにおいて、男性は論理的で率直になりやすい一方、女性は感情的かつ記述的な言葉を多用する傾向がある。
そのため、カサンドラ症候群の女性が悩みを口にしても、他の人たちは非AS夫婦間の愚痴との違いがわからず、「どこの夫婦も同じ」「うちもそうよ」などと答えがちである。実際、ASとの生活のエピソードの一つ一つを見れば「誰にでもあるようなこと」と言える。しかし、それがあらゆる形で一人の人に日々起こり続けるのがASである。カサンドラ症候群の女性は悩みを理解してもらえず、孤独感に陥る。

パートナーとの関係がいまくいかない時期はどんなカップルにもあるが、一方がASのカップルは、両者ともASではないカップルのような対処ができない。
「論理脳」を持つASは、感情的な話になると、非論理的・無秩序・無構造な情報を解読処理しようとして、脳が負荷過剰(オーバーロード;メルトダウン)になってしまう。他の情報を処理する余裕がなくなり、記憶や解釈の違いがコミュニケーションに支障をきたす。
オーバーロード状態になると、AS男性は会話を正確に思い出せないことがある。
女性は、AS男性の脳の情報処理の仕方の違いや、複数の回路を同時に使えないことを受け入れ、覚えておいてほしいことは紙に書き、大切なことはタイミングをよく見計らって伝えなければならない。AS男性との共通理解を得るためには、女性は考えや感情を説明する方法を身につけなければならない。

オーバーロード状態では、AS男性は話し合いを避け、二人の間のコミュニケーションは途絶えてしまう。処理しきれない情報を脳が整理する時間が必要なため、AS男性には引きこもることが必要になる。
自分たちがどう感じているかを伝えるのはASの結婚にとって大事である。「違う」ということは、パートナーの気持ちを理解できるとは限らないということなので、誤解を避けるために話し合い、何が必要か説明しなければならない。

仕事ができるなら女性のわがままではないか
人によってASの症状はさまざまである。穏やかな人もいれば、感情が激しやすい人もいる。一生懸命やっても仕事がうまくいかない人もいれば、有名大学卒や大企業に勤務する人もいる。
ASの人は極めて論理的な思考の持ち主なので、構造化された環境で適職に就いた場合は、その力を発揮できる可能性がある。
あるいは、ASの人はむしろ知的には高いことも多いので、周囲が障害に気づかず、「ちょっと変わった人だな」と思われるだけで済んでいることもある。

一方で、決まりきった日常と予想可能性が必要なAS男性にとって、予想不可能な事柄が多い家庭生活では困難なことが多い。生活上で困ったことが起きると、神経系への過剰な負担となって、AS男性は頑固になりストレスが高じてくる。オーバーロード状態になり、女性はパートナーに支えてもらえない。さらに、AS男性の存在自体が問題をさらに難しくする。ストレスで冷静さを失ったAS男性は、問題に立ち向かうのを拒否するからである。

どんぐり発達クリニック(東京都世田谷区)の宮尾益知院長は「アスペルガーの人は会社など外では問題がない場合もあり、パートナーの苦しみが周囲に理解されづらい。実際に一緒に暮らしてみないと分からない問題がある」と指摘する。外で気を張っている分、家庭内で緊張感がなくなり、より特徴が強く出てしまうことがあるという。

社会的にはどんな好条件の相手であっても、夫婦になってからの情緒的な関わりの乏しさは妻を孤独にする。人が羨む生活に見えることが、ASエピソードを持つ夫との葛藤をかえって見えにくくしている。

家族支援の取り組み
同じ苦しみを抱えている家族同士の交流は、考えや気持ちを共有できるので有意義である。 例えば、大人のASの専門外来を開いた昭和大学付属烏山病院(東京都)では、定期的に家族会を開いている。 とはいえ、ASが広く知られるようになってまだ歴史が浅いため、AS当事者の支援も発展途上であり、家族支援まで十分に行き届いていないのが現状である。

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